
* * * 「例えば、外出先でトイレに入る。銭湯に入る。デパートで服を買う。プロフィールの性別欄を記入する。多くの人が当たり前にやっていることだが、どれも井手上にとっては軽々しくできない。自分には『性別がない』と感じているからだ。だから『男か、女か』の二者択一を迫られると、とても困ってしまう」 ――今年4月に上梓したフォトエッセイの中で、日常に潜む男女の境界線を“見えない壁”と表現した。 井手上漠(以下、井手上):18年間で、たくさんの性別の壁にぶつかってきました。私のようなジェンダーはすごくマイノリティーだから、世の中の「普通」の基準や感覚にそわないこともたくさんあります。一方で、当事者として伝える意味も感じているというか、私が声に出すことで何か変わることもあるかもしれないと思って、今回のフォトエッセイを出そうと思いました。 ――タイトルは「normal?」。18年間、目の前に立ちはだかってきた「普通」に対する思いを込めた。 井手上:特に「?」の部分が大切だと思っています。何が普通かなんて、普段は考える機会がないじゃないですか。でも、私にとってはとても身近な問題でした。今までもずっと「普通にしなさい」と言われ続けてきて、「普通ってどういうこと?」「もっと普通にしたほうがいいのかな」とか、ずっと考え続けてきたので。 ■「変わってる」が怖い ――島根県の沖合に浮かぶ隠岐諸島で生まれ、高校卒業まで母と姉の3人で暮らした。身体は男性として生まれたが、昔から“強くてカッコいい”ものより、“かわいい”ものが好きだった。 井手上:3歳のときに、親戚の結婚式で見たウェディングドレスに感激して、「なんてきれいなんだろう!」と憧れたのをよく覚えています。 母子家庭だからっていうのもあるかもしれないけれど、髪形や服装といった外見は、「女性もの」のほうが自分にしっくりきたんです。髪が長いことも、プリキュアが好きなことも、女の子と遊ぶ時間が多いことも、それこそ私にとってはぜんぶ普通のことでした。
「男でも女でもない」井手上漠が見つめる境界線の先の自由〈AERA〉(AERA dot.) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース
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