53の短い物語を収録した松田青子『女が死ぬ』は、気付かぬうちに心に埋め込まれていた枷を取っぱらってくれる作品集だ。 他者に〈性的に触れられた場所〉が一切ない豊満な美女を娶った王子の初夜が痛快に暗転する「この国で一番清らかな女」、男流作家と男性ライターが男性の視点で新しい男性の時代を切り開く(という設定で世の中を皮肉る)「男性ならではの感性」、男の子になりたいと思っている女の子が〈どうしてこっちがカミングアウトする側なんだろう〉と考える「ヴィクトリアの秘密」など、次々と放たれる数ページの分量の掌編(なんと0行のものもある)は、ひとつひとつがカラフルな爆弾のよう。心の中に溜まっている違和や苛立ちを、押し込めたり握りつぶしたりしなくていいんだよ、という声が聞こえてくる。表題作は、小説や映画やドラマの中で、ストーリーを盛り立てるためだけにどれだけ女が死に、妊娠し、流産しレイプされているかを、短文を連ねて叩きつけるように提示する。粋な結末が最高だ。
藤野可織の短編集『ドレス』(河出文庫)の中の一編「マイ・ハート・イズ・ユアーズ」は、妊娠も出産も体に負担がかからない仕組みになっている世界の物語。若く細く小柄であることが最上の男性性とされ、子どもをつくるかつくらないかを決めるのは完全に女だ。〈むかしは、夫がたとえ若くなくても、夫の懇願を受け入れない女は女らしくないなんて非難を浴びたらしい。くだらない。今はそんな時代じゃない〉と語り手の「私」は思う。「私」と夫の子づくりの場面は、どこか深海に住む未知の生物の性交を思わせる。ファンタジックでユーモラスだ。
ユーモラスな性交と言えば、村田沙耶香『殺人出産』(講談社文庫)に収録されている「清潔な結婚」。家庭内に性行為を持ち込まないことで合意している夫婦が、子どもを持つために「クリーン・ブリード」なる〈最先端の治療〉〈医療行為としてのセックス〉を試そうとする。芝居がかった施術の仰々しい言葉遣いが可笑しく、忘れられない。 [レビュアー]北村浩子(フリーアナウンサー・ライター) 新潮社 週刊新潮 2021年7月15日号 掲載
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53のカラフルな爆弾が取り払ってくれる男と女の“心の枷”(Book Bang) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース
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