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Tuesday, April 5, 2022

絵の主役、実は「ステージ・ママ」 時代映す「女の子の育て方」 永澤桂 - 東京新聞

 今では死語となっただろうが、かつて「見初められる」という言葉があった。女性が男性から一方的に気に入られて恋愛関係になったり、結婚したりするときに使われた。

 さて、今回は印象派の画家、ドガの《バレエの練習》である。奥にはポーズを決めようとしている少女たち。右側の少女は腰まで届く長い髪を伸ばし、柔らかく広がるチュールのスカートを着けている。薄布でできたバレエのスカートは、チュチュと呼ばれる。名称の由来は、「お尻」を表す幼児語だ。私にはこの衣装そのものが、若い女性を子ども扱いしているように思えてしまう。

 作品で最も目立つのは、帽子をかぶった年配の女性である。熱心に指導する男性指導者と対照的に、練習には目もくれず、足を投げ出して大衆紙を読んでいる。これはバレエを習う少女の母親で、ドガはどこか意地悪い視線で描いている。

エドガー・ドガ《バレエの練習》1881~82年 フィラデルフィア美術館

エドガー・ドガ《バレエの練習》1881~82年 フィラデルフィア美術館

 優雅なレッスンにそぐわない母親の姿を、ドガは何度も描いている。よほど創作意欲を駆り立てる光景だったのだろう。なぜなら、ドガは舞台上で繰り広げられる演技ではなく、「舞台裏」に関心を寄せていたからだ。少女たちの境遇にこそ興味を抱いていたのだ。

 19世紀後半、芸術としてのバレエの中心地はロシアに移り、パリでは大衆的になっていた。踊り子たちは芸術家を目指すのではなく、生活のために舞台に立った。それでは少女たちを舞台に送り込むのは誰だったのか。答えは母親である。貧しい女性たちは「娘には自分とは違う、豊かな生活を送ってほしい」と願った。美しく生まれたら、夢が現実になるかもしれない。母親はステージ・ママになった。この絵の主役は、実は母親なのである。

 少女たちの目的は、舞台で踊って男性に見初められること。しかしドガが批判的に描いたように、娘を飾り立てて売り込む母親を責めることはできない。母親も女性の生き方について、どこからも学ぶことができなかったからである。女性と生まれたがゆえに、髪を伸ばし、着飾り、男性から選ばれる存在になるため努力する-。そんな時代が終わりを告げたことに安堵あんどする。いや、まだ終わっていないのかもしれない。「愛され女子」「モテテク」といったたぐいの言葉が死語になるのはいつだろう。

ながさわ・けい=西洋美術史・ジェンダー論研究、横浜国立大学非常勤講師

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