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Sunday, June 26, 2022

第六回 女と生きづらさ(4) 婚活まつわる不安・後編|生きづらさ時代|エッセイ・コラム - COLORFUL:カラフル

著者が見てきた孤独死の現場には家族やパートナー、社会との関係に苦しんだ「生きづらさ」の痕跡があった──。他の人のように上手く生きられない。現代人が抱えるどうしようもない辛さを様々な角度と視点から探るエッセイ。

心の通わない誰か、に自分をなるべく高く売る――自傷行為に近い婚活の泥沼

 男女雇用機会均等法ができて、女性活躍が叫ばれるご時世になっても、まだまだ実社会では男性が権力を握っている。彼女を属性主義の強迫的な婚活に駆り立てている「不安」の中には、そんな不条理に満ちた社会情勢も動かしがたい形で横たわっている。夫と暮らしてきた豪邸を身一つで飛び出してきた彼女は、ほぼ無一文の状態から一人で立ち、何とか社会をサバイブしてきた。だけど、経済的な不安は年を重ねるほどに重くのしかかってくる。
 八方ふさがりの不安感の解消法として彼女が選んだのは、なかば自傷的な婚活だ。ジャッジされつづける婚活の泥沼に自ら身を置くと心はすり減るのも当然だ。私は、これまで彼女の華やかな表層だけ見てきて、内面を知ろうとしなかったのかもしれない――。
 そんな暗澹たる気分になりながら、ふと何気なく私は視線を後ろの席にやった。
 そこには大学生と思われるスレンダーな黒髪ストレートの女の子と、頭の薄い50代くらいの男性がゴージャスなスイーツタワーを囲んでいた。二人は初対面のようでどう見ても、父と娘には見えなかった。きっと今流行りのパパ活だろう。これからあの女の子は、男とこのホテルの一室でセックスをするのだろうか。ぼんやりとそんなことが脳裏をかすめる。パパ活に慣れていないのか、女の子はどこかぎこちなく、幼さが残る横顔が引きつっている。
 涼子は、結婚しているときの自分を「売春婦のようだった」と振り返り、「結婚生活で、心が死んでいった」と表現した。そして、またそうなろうとしている。あのパパ活女子と目の前にいる涼子は、どこかに似ているような気がした。
 心を殺して生きること、彼女はそれを覚悟の上で「心の通わない誰か」に、なるべく高く自分を身売りしようとしている。そんな婚活の話はどこか空しく、心の奥にひりつく痛みを感じてしまう。自分で自分をグサグサと突き刺すような刹那的な婚活の行きつく末は一体どこなんだろうか――。私も彼女と共に、傷を負ってしまったようだった。

50代婚活女性が最終的に見つけた「良い人」とは

 

「ねぇ、久美ちゃん! 私ついに良い人見つけたんだ!」
 そんなLINEが飛び込んできたのは、涼子とホテルで会った数か月後のことだ。平日の昼下がり、彼女の夜勤明けに、私たちはZOOMの画面越しに向かい合った。婚活を始める前のように、目にキラキラとした輝きが宿り、生き生きした表情に変貌している。
 彼女に何があったのだろう。私は身を乗り出した。
 早速婚活の話になる。運命のお相手はというと、マッチングアプリで出会った50代後半の職人の男性だという。しかも驚くべきことに、彼はこれまで彼女が要求してきた「属性」からは零れ落ちるタイプだった。立派な肩書きもお金も無い、真逆の男性――。私は彼女の驚愕の「最終報告」に、椅子からずっこけそうになった。
 涼子は、そんな私の心中を気にしない様子で、嬉しそうに私にのろける。
「ねえ、聞いて聞いて。彼はすごくピュアな人なの。会った瞬間から彼は優しくて絶対にこの人は私を裏切らない、大切にしてくれるってすぐにわかったの。そこにたまらなく惚れたんだ。彼とならこれからの人生、ずっと笑ってられると思ったの。だから私は二人で生きていきたい」
 そう言って微笑する彼女は、とてつもなく幸せそうなオーラに包まれていて、眩いばかりである。
「私の婚活を振り返ってみるとね、お金があれば不安を解消できると思って、相手の年収や職種で選ぼうとしていた。でもそうやって自分を誤魔化しても、やっぱり心が幸せじゃないんだよね。きっと、私ってこれまで本当の幸せを知らなかったんだと思う。
 自分と向き合って本当に欲しかったものを手に入れたときに、あ、私はもう不安じゃないってようやく気づいたの。それは愛だったんだと思う。形のないもののほうが、よっぽど価値があるんだって、わかったの。私今お金が無くても満たされていて幸せなんだもん」
 彼と一緒にいると、経験したことのない暖かな優しさに包まれ、心が満たされるのがわかったという。

 

 

残り時間が少ないからこそ 私は「お金より愛」だった

 

 涼子が本当に求めていたのは、彼女を心の底から抱きしめてくれる男性だった。だから彼と出会ってから、結婚の候補者だった「肩書き」のある男性たちとはおさらばした。涼子は清々しく何か憑き物が落ちたような顔をしている。
 この年になると人生の終わりは、見えてくる。だからこそ、偽りのない人生を一日一日歩みたい。彼と出会ってからそんな自分の軸にようやく立ち戻ったのだという。
「私、彼とずっと楽しく毎日バカをやって、笑いあっていたい。私たち、もう残り時間が見えてきてるじゃない。60歳に向かっていくと大事なものって、今日一日一日が楽しいってことなんだよね。私にとって大切なのは、最終的にはお金じゃなくて愛だった。婚活を通じて、私はそこにやっと気づいたんだ」
 そんな「気づき」には職場での出来事の後押しもあった。
 涼子の勤める介護施設で、認知症の90歳のおばあさんがつぶやいているのが耳に入った。
「今度生まれてくるときは絶対良い男と出会うんだ」
「ねぇ、〇〇さんにとって良い男って、どんな男? 金がある人?」
 涼子はおばあさんにそう尋ねた。おばあさんは車椅子に座ったまま、首を横に振った。
「いいや。金はなくてもいいんだ。二人で一緒に頑張れる人が良い男なんだ。学んで成長できる人が良い男なんだよ」
 その言葉がズシリと響いた。おばあさんは夫と離婚後、二人の娘を女手一つで育て上げたらしい。人生の辛酸を舐めた大先輩である女性の行きついた真理――。そこにはとてつもない重みがあった。
「そのおばあさんの言葉を聞いたときにね、私の選択はきっと間違いじゃないって思えた。私は彼と二人で残りの人生を歩いていこうと決意したんだ」

 

婚活で出会った50代男性からのプレゼント 100万円もらうより…

 

 そんな彼女の話に耳を傾けていると、唐突に画面の右に謎のかわいい生き物が現れた。
「じゃーん! 久美ちゃん、ほら、これ見て!」
「なに、それ。かわいい!」
 私は突然現れた愛らしい生き物にくぎづけになる。それは、手の平ほどの白くて小さなうさぎだった。よく見ると、うさぎの形をしたルームライトで、丸くて、クリクリとした愛らしい目をしている。うさぎの真ん中には電球が埋め込まれていて、スイッチを入れるとオレンジ色の暖色に温かく周囲を照らしている。彼女はうさぎを撫でながら言葉を続けた。
「私ね。実は夜一人になって部屋が真っ黒になると、怖くて寝られないんだ。ねぇ、子どもみたいでしょ。真っ暗にして寝るのが怖いから、いつも電気つけてるの。それを知った彼が、『これと一緒に寝たらいいんじゃない』ってくれたの。よく探したよね、こんなかわいいの。100万円もらうより、彼のこのプレゼントは最高だって思わない?」
「うん、最高だと思う!」
 私はそう言葉を返し、画面の向こうに思わず手をかざす。白いうさぎに、そこはかとない温かさが宿っているかのように感じられたからだ。私はまだ相手の男性の顔も名前も知らないが、このプレゼントをくれる相手のぬくもりに嘘はないと思えた。
 彼女は少女のように、嬉しそうで屈託のない笑顔に包まれている。私たちは、まるで女子高生に戻ったように、いつまでもキャッキャと笑いあった。そう、私はずっとずっと、こんな彼女の笑顔が見たかったのだ。待ち望んでいたのだ。

 

自分が幸せか幸せじゃないか お金持ちと結婚したかった彼女がたどり着いたのは…

 

 本当に大事なのは、何も言わずに安らぎを与えてくれる存在だ。それは沢山の選択肢の中から、自分を慈しむことを最終的に彼女自らが選んだからに他ならない。私はそんな涼子自身の選択が心の底から嬉しかった。
「結局私が欲しかったのは、信頼できる相手だったの。お金は二人で頑張ればどうにかなる。だけど目に見えないものは絶対何とかならない。それは婚活をして、やっと気づいたこと。お金のある男性をターゲットにして婚活しているときは、自分をよく見せようとアップアップしていて、自分が幸せか幸せじゃないかは全く考えなかった。自分のことをないがしろにしていたんだと思う。だけど自分に嘘をついて誤魔化しても、きっと続かなかったよね。心に原石を秘めた人こそが、本当は私が一番大切にしなきゃいけない人だったのにね」
 それを見つけた今、彼女に不安は、もうない。婚活で見えてきたのは自分にとって、本当は何が大切なのかという輪郭線だ。
 私は時に七転八倒しながらも、自分の心と体と正面から向き合う、不器用でたくましい女性たちがたまらなく好きだ。
 血みどろの婚活の末に一人の女性がたどり着いたアンサーに、私はまた一つ大きな学びを得た。
 今日も白いうさぎは、スースー寝息を立てている彼女を、枕元で静かに見守っているのだろう。

 

(第7回へつづく)

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