【7月20日 People’s Daily】彼女は170人余りの子どもたちの「張お母さん」であり、山間部の女の子を貧困から救う「張校長」でもある。張桂梅(Zhang Guimei)さんは中国辺境の山間部の教育に40年以上根を下ろし、教育の光で貧困の世代間連鎖を断ち切り、無数の人々の心を明るくした。
1957年、中国黒竜江省(Heilongjiang)牡丹江市(Mudanjiang)で生まれた張さんは、17歳の時、辺境地域の支援のため、姉の後を追い雲南省(Yunnan)で林業に従事した。偶然、張さんは教壇に立ち、それ以来、山間部の教育事業に力を入れている。
1996年に夫が亡くなった後、張さんは大理ペイ族自治州(Dali Bai Autonomous Prefecture)から華坪県(Huaping)に異動した。2001年、華坪県児童養護施設(華坪児童之家)を創設し、院長を兼任した。「児童之家」は170人余りの子どもを受け入れてきた。張さんは昼に出勤し、夜に帰り子どもたちの世話をした。母親になったことのない張さんは、子どもたちから「張お母さん」と呼ばれて親しまれた。
華坪民族中学で教師をしている時、山間部の女の子が相次いで貧困のため中途退学するのを見て、張さんは非常に心を痛めていた。女性でも教育を受ければ、貧困の世代間連鎖を防ぎ、三世代の運命を変えることができると彼女は考えた。2002年、張さんは、山間部の女の子の運命を変え、貧困から脱却させるために、無料女子高校の設立を準備し始めた。
2007年、張さんは中国共産党第17回全国代表大会の代表に選らばれた。北京で会議に参加した時、「私には夢がある」という記事が女子高設立の夢を伝え広めた。その後、麗江市(Lijiang)と華坪県はそれぞれ100万元(約1700万円)を出資し、張さんの学校創立を支援した。2008年、麗江華坪女子高校が設立され、全中国初の無料女子高校となった。
貧困の闘いのために生まれたこの学校は、山間部の女の子たちの「避難港」となった。女子高設立前、華坪県の中学進学率は50%未満だったが、2020年には90%以上に達し、全県の大学進学率は長年麗江でトップを維持している。以前は、地元の農村の女の子は早婚早産が多かったが、今では高校に進学する子はますます多くなっている。開校してから13年、1800人以上の女の子が山から出て、大学に行くのを支援した。
張さんは子どもも財産もなく、今まで学生と女子寮で暮らしてきた。賞金・寄付金の全額、給料の大部分を合わせて100万元余りを、山間部の子どもたちや必要な人たちに寄付した。
張さんは心臓病や肺気腫など23種類の病気を患っており、何度も病院に運ばれて蘇生した。しかし彼女は依然として病躯でも我を忘れて仕事をしている。毎朝5時定刻に起き、最初に校庭に現れ、毎日少なくとも3回は学校を巡回する。12年間にわたって11万キロ以上、1600世帯以上を訪問した。
張さんは6月29日、北京人民大会堂で中国共産党の党内最高栄誉である「七一勲章」を授与された。授賞式で張さんは、彼女のこのような努力は、この土地への感謝と気持ちからくるもので、何よりも、共産党員としての初心と使命からだと述べた。「われわれがしたことは、多くの共産党員が毎日やっていることにすぎない。この命ある限り、私は教壇に立ち、全力を尽くし、すべてを捧げ、九死にしても悔いはない!」と、彼女は語った。(c)People’s Daily/AFPBB News
山間部の女の子の希望に火をつける張桂梅氏 中国・雲南省 - AFPBB News
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