女の子を育ててみて、わかったことがひとつある。社会の価値観にまだ染まっていない小さな女の子たちは、とても健やかだということだ。新しいことを知りたがり、できるようになったことを誇らしげにアピールし、いやなことをされたら「やめてよ!」とまっすぐに拒絶する。
「プリキュア」に変身すれば世界を救うことができると信じ、女の子は笑顔でありさえすればみんなかわいいのだと思っている。子どもを育てていると、「男の子は単純、女の子は陰湿」といった言い回しを何度となく耳にするけれど、本当は女の子だって単純でかわいいのだと思う。
いつから私たちは、無知を装ったり、自信のない振りをしたり、謝らなくていいところで謝ったり、セクハラに愛想笑いをしたりしながら、怒りをひっそりと押し込める、複雑な「女」になっていったんだろう。
どうやら私たち大人は、「女の子に何を教えるか」を考えるより、「女の子の自尊心を打ち砕こうとする社会をいかに変えるか」を考えたほうがいいのかもしれない。
子どもたちがまだ小さかった頃に、2015年の米スーパーボウルで放映されて話題になったP&Gの生理用品「オールウェイズ」のCMを見て衝撃を受けたことがある。CM動画はまず、「女の子らしく走ってみてください」などと指示された成人男女や少年たちの姿を映し出す。手足をくねくねさせたり、髪の毛が乱れないように押さえたり、弱々しくふざけたポーズばかりが続く。
ところがまったく同じ質問を投げかけられた10歳の女の子は、力強く自信たっぷりに走ってみせる。「女の子らしく走るって、あなたにとってどんな意味?」と聞かれた女の子は、こう答えるのだ。「できるだけ速く走ること」。世間がイメージする「女らしさ」の刷り込みが、いかに元・女の子たちから力を奪ってきたか。それをこれほどわかりやすく伝える動画は、今にいたるまで見たことがない。
2016年、P&Gが少女たちに就学の機会を与えるために開催したイベントでのミシェル・オバマと少女たち。
Aflo
どうやら私たち大人は、「女の子に何を教えるか」を考えるより、「女の子の自尊心を打ち砕こうとする社会をいかに変えるか」を考えたほうがいいのかもしれない。事実、女の子は社会とのかかわりを模索する思春期に差し掛かると、自尊心が大幅に低下するという統計もある。
女の子の子育てについてあれこれ考えていくうちに、文章でウケることばかり考えていた自分の仕事の内容も変わっていった。執筆や翻訳を通じて、社会が作った「女」の型に無理して自分を押し込めなくてもいいのだというメッセージを伝えていくほうが、より重要だと思えるようになったのだ。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗元会長の問題発言にみられるように、いつだって社会が女性たちに求めるのは「わきまえる」ことだった。でも本当は、幼い頃の知的好奇心を抑えつけられることなく伸ばし、新しいことをどんどん吸収して自尊心を育み、社会の問題について考え、意見を堂々と口にする女性たちのほうが、ずっと魅力的だ。
現在意思決定層を占める高齢男性を含む社会全体がそれを認識すれば、女の子を取り巻く環境は変わっていくだろう。そのような魅力的な女の子のロールモデルを伝えるのも、自分の仕事だと思っている。
たとえば、小学生の頃から社会の問題を解決する数々の発明を成し遂げて、2020年には15歳で『TIME』誌初の「KidoftheYear」に選出されたインド系アメリカ人のギタンジャリ・ラオさん。さぞや特別なエリート教育を受けたのだろうと思いたくなるが、エンジニアの両親は、意外にも知識を詰め込むだけの早期教育はしなかった。
『TIME』誌の表紙を飾ったギタンジャリ・ラオ。
Aflo
もちろん、女の子なんだからお勉強はほどほどに、と教えたわけでもない。人見知りだった幼い彼女を科学キャンプなどのさまざまな体験イベントに参加させて、「やればできる」という成功体験を積ませたのだ。
私たちは「女の子にも教育を」と言うとき、エリートを目指す男の子たちの偏差値レースの中に女の子を放り込むことをついイメージしてしまう。
家庭では、父がさまざまな社会問題を解決する手法を問うお題を出して、母と幼い娘でアイデアを競わせた。弟が生まれるまで、いつも優勝してご褒美をもらうのはギタンジャリさんだった。彼女は自然に、問題を解決することの楽しさと自尊心を身につけていった。
米ミシガン州フリントの水道鉛汚染問題が報道されると、当時9歳だった彼女の正義心に火がついた。自分と同じ子どもが安全な水を飲めないなんて、そんなことがあってはいけないと思ったのだ。ネットでさまざまな情報を調べた彼女は、やがて有毒ガスの検出に使われていたカーボンナノチューブという新技術に行き当たる。
両親に水質研究所でカーボンナノチューブのセンサー技術を研究したいと申し出たとき、彼女はまだ原子の結合の仕組みも周期表も習っていなかった。わからないことは周囲の大人や地元の大学の先生にたずねながら、彼女は11歳で水の中の鉛を検出する装置を開発し、「アメリカで最も優れた若き科学者」に選ばれた。
その後も、家族の知人を助けるために遺伝子工学を利用して開発した鎮痛薬オピオイド依存症の早期診断装置「エピオーネ」や、AIと自然言語処理を活用したいじめ防止サービス「カインドリー」など、優しさや共感力を駆使した彼女らしい製品を次々と公開している。
私たちは「女の子にも教育を」と言うとき、エリートを目指す男の子たちの偏差値レースの中に女の子を放り込むことをついイメージしてしまう。しかしギタンジャリさんのように、優しさや正義心から出発して問題解決を考え、新しい技術を学んでいくというやり方もあるのだ。
優しさを重視しているからといって、彼女は競争そのものを避けることはない。今年3月に刊行した自著『AYoungInnovator'sGuidetoStem』の中で、科学コンテストで優位に立ち、助成金を得るためのコツも惜しげなく伝授している。伝統的な女の子の理想像に照らし合わせれば、けなげに努力して人助けをするのは望ましいが、他人に勝とうとする意思を見せたり、弁舌巧みに大人にアピールしてお金を集めようとしたりするのはNGかもしれない。
でも現実問題として、コンテストで勝って資金を集めなくては、いくら人助けの意思があっても、少女が世界を救うようなモノづくりをするのはほぼ不可能である。何かを変革するのに必要なのは「やればできる」という自尊心であって、「わきまえ」ではないのだ。
こういうすごい少女を目にすると、日本社会で生まれ育って「わきまえ」を身につけてしまった私などは、自分にはこんなすごいことはとてもとても、と自虐と謙遜を繰り広げたくなってしまう。でも、それでは何も変わらない。彼女がネットから新技術を知ったように、学びの道はすぐ目の前に開かれている。
可能性に満ちているのは少女だけではない。大人の女性だって、ほかの誰でもない自分を自分たらしめるものは何か、自分が生きる理由とは何か、どんな自分でありたいかをじっくり考えていけば、おのずと自分が世界のためにできることも見えてくるのではないだろうか。たとえば、弱い立場の人がこうむっている理不尽を見つけたら、その人の代わりに声を上げて改善していくのも、世界のためにできることのひとつである。私たちは「セーラームーン」や「プリキュア」にはなれなかったかもしれないが、身の回りの世界を救うことはできるのだ。
堀越英美:1973年生まれ。ライター、翻訳家。著書に『モヤモヤしている女の子のための読書案内』『不道徳お母さん講座』(ともに河出書房新社)。翻訳を手がけたギダンジャリ・ラオ『ギタンジャリ・ラオ STEMで未来は変えられる』(くもん出版)が発売中。
From Harper's Bazaar July 2021
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